あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

曇り

「家族が一番悲しいんだ」

「恋人は一番悲しむだろう」

 

私は、悲しいに順位があるのが気に食わない。

嬉しいの順位もあまり好きじゃない。

…順位で比べるのが『自分の中』じゃない場合は特に思う。

 

人は生まれたら、死ぬまで一人だ。

誰かと共に人生を歩んでも、自分の足は自分にしかついていない。

 

 

 

死は美なんかじゃない。

そんなの、死体を見ればわかるでしょ?

 

 

だから、今日出会った悲しみを抱く人に

「誰かを死ぬ気で愛したい」

のか

「身近な死を教訓に誰かに生きてほしい」

のか

ハッキリしろよ。と発破をかけたくなった。

…というか、かけた。

 

その人の身内が、自死を選んだようだ。

 

「身内であっても、違う脳みその一個人」

私はそう考える。自死を選んだ人間は今のところいないのが、その人を真に理解

してやれることはない部分だ。その人も「理解されるとは思ってない」そうだ。

理解されると思っていないのなら、理解されようとするんじゃない。と言いたい。

真に理解してやれるのは、他ならぬ自分自身だ。

自分が自分を理解してやろうとしていないのに、他者が察することなんて不可能だ。

 

誰にでも不可侵の領域はある。

 

 

 

 

人の死を介して、誰かに何かを訴えたい。

その中で希望と呼べる恋があっても報われそうにない。

あなたには、その2点が中心なのだろう。

 

…本当はあなたの投稿など見たくない。正直。

自分を見ているようだから、痛々しく感じる。

 

それでも、私がここなどに反応するのは、あなたに芯を見つけてほしいから。

あなたにはあなたの軸があるはずだ。

それを中心に、あなたは生きているんだ。

 

自分が生きている事を、忘れないでいてほしい。

 

 

 

どんな風に生きる事が、あなた自身を救うのか。

私も自分の事を考えるから、あなたもあなたの事を考えようよ。