あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

持病について考える

20歳の時に発症した私の病気。

発症するまでに、色んなことがあったけど何とか生きてて

発症してからは、投薬で症状が落ち着くのをただただ待って。

今、この瞬間はまだ脳の機能が正常な範囲内だと思うから、忘れないうちに

書き残したい。

 

自信ないけど。

 

 

患者として、もっと意識を持たないとなって…まず思った。

今回は割と長期間病院に行っていないから(服薬はちゃんとしてるよ)不安定の波を

一人で越えることが難しい時もあるけど、それは、それだけ病院に依存してるし

周りの人にも依存してるんだろうなって思えるようになったかもしれない。

かもしれないじゃないかもしれない;

間違った信念の修正…どこかのネットのページで読んだけど。

それは今の先生も今までの先生も同じことを言っていたのを、何とか気づけるようにな

ってきたのかな…今までは「全部過去の環境」のせいにしてたけど

それは、そう言うことでしか自分で自分を守れなかったから。

私の心が発狂する前に、誰かのせいにして心の平静を保ちたかったんだと思う。

でも、少しづつなら…私自身の事だし受け入れていきたいと思うようになった。

ここ、最近の事。

だからといって不当な扱いをしてくる人が現れたらNOと言いたいけど。

自分から折れることができない人はそれまでの人だと思うし、駒のように人材を

扱えるほど鋼の精神を持ってるわけでもないから、宙ぶらりんな性格は性格なんだと

思っています。私の考えていることが例えキレイゴトで理想的でお花畑ちゃんとか

言われてても、美術出身だもの。精神性の美を追求したって、それは私の生き方だと

思うの。そのきっかけはある芸術家の作品を目にしたから。

私が勝手に師と仰いでいる人達。

 

 

物を言わない私達。

結構喋ってるように思えるでしょう?

それは、私がそういう意味で割と器用な方だから。

語らずに筆やノミやペンなどを使って一つずつ作品を生み出していく人が多くて。

その「口」や「声帯」や「肺」に私はなりたいなって思ってる。

まだ、脳の機能が不安定だから危なっかしい事も多いかもしれないけど…

このブログ(前のブログも含めて)『アートセラピストになりたい』という夢は

まだ捨てていないし、これらの事は全てアートセラピーに繋がる事だから

私は行動していていて発言してる。絵も音楽も小説も体を動かすことだって全部。

全部、私の夢に繋がってる…と、思ってる。

それくらいは、私一人でやらなきゃなっても思ってる。

ときどきうつつを抜かして毒素を吐き出すけど^^;

私も人だから、そこは許容してね。

 

 

また、例によって考えの整頓ができなくなってきたから

ここで追及するのは置いておくけど。

 

少しづつ、少しづつ。

 

 

 

皆のために存在する空に、心の中でくらいは「私だけの空!」と思ったって良いよね?