あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

「瞬きをする人形」

背もたれに身を預けて遠くを見つめている目の前の少女を私は20年ほど観察しているが

その20年で私の胸ほど届く身長に変化はなく、女性らしい曲線が直近2年ほどで

目覚ましく表れた。彼女の母親もそうだったように、採取ができる年代に入ったのだ

ろう。丁寧に切り揃えられた前髪がいくらかあどけないが、背中で編まれた黒髪に混じ

るのは青く染まった葦の平紐。金の刺繍が施されている意味は、彼女の母ディリスの物

であるのと何世紀も語り継がれる牧羊神の血筋である事を表していた。

 

私がムルグ家と共にこの村にやってきた時代から牧羊神は悪や不純とされ、忌み嫌われ

ていた。しかし、世間の情報に疎く静かな環境だったのでアウデリケもディリスも

「ライラをここで育てよう」と決意したようだった。

ただ、彼女が第1子でディリスの血筋のギフトを受け取らざるを得なく…

ある一定の外見に成長するまでは、この村を拠点に点々としていた。

それでもやはり限界は来る。そこでアウデリケは私に依頼したのだ「記憶の切除」を。

通常の人であればとっくに来る寿命は、ディリスの家系では通用しない。

半目であっても単純計算その寿命が半分になるとはいえ、人の比ではない。

ディリスはライラを産んでその能力の大半を与え、母乳や料理に「後継者として」の

血を混入させ彼女を純血種により近づけた。その胸中は不明瞭だが、必要だったのだろ

う…。赤子の頃こそ人の様に成長したが、幼児まで成長するとピタリと成長が止まって

しまった。そこで10年。アウデリケは地方に赴きながらライラを「普通の人」と近い状

態で成長することを望み、ディリスもライラが後継者であっても孤独を感じないように

それを望んだ。そこで私が調査した所、長命種の記憶を何らかの方法で切除すれば

人並みに年を取ることができると掴んだのだ。

…切除の方法はとても危険なので、ここには書かない。しかし、完全な切除はさすがに

出来なかったが、混生させる事には成功した。混生させた上で封印すれば「切除」と

遜色なくライラは成長した。それでも初期はうまくいかないことも多く、彼女の体への

負担も多く何度病院へ担ぎ込まれたか数えきれない。

 

…現に彼女ライラは自身の心身を鍛えるために「初級武術」の教科を選択した。

私が教官を務めていることもあるのだろうかと思ったが、それは杞憂だった。

そのセンスは父親譲りで光るものがある。先述の体力の低下が無ければ、立派な戦士に

なっただろう。なぜ過去形か。それは私が記憶の管理をしているからだ。

私が記憶を切除すれば、彼女は人並みに成長をし、体力はどんどん底引きされていく。

そうして、ライラにはできない事が増えていった。

神童と呼ばれる程の俊足は呼吸器系の疾患で潰え、戦術舞踏も美しい跳躍を見せたが

不信と嫉妬の視線や影の口で穢され、通常の人と比べれば老成した表情をしている。

このまま行けば、現世に愛想を尽かしてしまいそうな勢いだ。

それだけはさせてはいけない。

 

きっと、ライラも私が記憶を切除している事に気が付いているだろう。

施術に入る前に倒れたことがあって、介抱し目が覚めた時に切除されていたからだ。

自ら記憶の切除を出来るようになっていたのは驚いたが、もしかしたら必要なことかも

しれない。彼女が人と共存しながら役目を全うするのには…。

 

「ドルトル教官?」

柱にもたれて考えに耽る私を、ライラは小首をかしげて視線を向ける。

その表情は人並みの年頃の娘と何ら変化がない。少女趣味など持ってはいないが…脈が

跳躍するのを禁じずにはいられない。私は一つ咳払いをしてこう進めた。

「では、今日あった出来事を話してくれるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

………………続く