あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

n番目の記憶「瞬きをする人形」

記憶を抜き取ると人は年を取る。

嬉しい事・悲しい事、内容は何でも良い。

こういうやり取りは『夢の中』で何度も迎えてきた。だから、年を取ってるって言う

事も夢なんじゃないかって思う。いや。それはさすがにないな。

私には似たような時間軸に何重にも重なる(およそ1年では回収しきれない)記憶が

それこそ何重にも重なっている。

この話は、その一つ。

 

 

 

 

 

風が強い曇り空の中で目が覚めたら、初級修練場の道具置き場の隅に立っていた。

 

 

空想が好きな子供だから、夢と現実の境目を行ったり来たりしてるうちに

夢を現実に引き寄せてしまったのかもしれない。

 

身体が弱かったから、死にかかってる間にそういう能力が付いたのかもしれない。

例えば…2番目に古い記憶は、大きな照明が私を真正面から捉えた記憶。

多分、まだアカデミーにも上がっていないくらいの年頃だったと思う。

警備?してくれている男の人が、その照明に驚いた私を隠してくれたところや

赤い絨毯の上を親戚や祖父母とひそひそしながら歩いたり、何かのタイミングを

待つように静かにしなければならない場面が印象的だった。

 

私の幼い記憶では、貴族かどこかの生まれだったと思う。

それくらい、温かな豊かさと富の泉が湧き出る地位にいた。

お手伝いさんもたくさん居て。

そして、鏡に映らない永遠に若い母。一介の水夫から政治家に上り詰めた父。

不老長寿の一族と見世物小屋の一族の婚姻は、その時は一時代を賑わせた。

その夫婦から誕生した子供はさぞや将来を期待されたであろう。

『異種族排斥運動』が起こるまでは。

 

「おい、半目。オマエいい加減、鏡に映るのかよ?」

そう言ってきた男の子が私に小石を投げてきた。視界の外だったので、何発か当たって

あげた。クスクスと失笑が周囲から広がる。私はお腹を空かせていたので眉間にしわを

寄せながら振り返って、投げてきた小石を叩き落とした。

男の子の表情は途端に固まった。

半目というのは私の蔑称だ。人間とそうじゃない存在の間の子だとか、妾の子だとか、

とかく「普通の出自」ではない存在が半目と呼ばれていた。

私は最初に呼ばれた時、いつも眠そうにしてるからそう呼ばれているのかと思ってた。

気が付いたのは、やたらと鏡を私に見せたり銀の十字架を肌に押し付けてきて

不服そうな顔をして「妖怪ディリスはビビるのになぁ…」と呟かれたからだ。

ディリスは私の母の名前。私の名前は…今は言いたくない。

自分語りの空想に浸っていたら、ドルトルが今日もカゴ一杯のお菓子を配りに

満面の笑顔で私と周囲の子供の間に割って入ってきた。

「半目ちゃんのライラも、ドラゴンに捧げられし悲しきカリルもお腹は減るんでしょ

う?」ドルトルも半目だ。何との間なのかは村の人は知らない。

でも、流行や情報に明るく伝達も早いのでみんなは一目置いているのだと思う。

石を投げたカリルは数年前に母親がドラゴンの贄になったそうだ。

ちなみに父親はドラゴン討伐で食い殺されたらしい。

家族と言えば姉しかいないのだが、弟を食わせるため娼婦をしていて弟はそういうのに

反発する年頃なんだと思う。関係は全くなく、云わば勝手な言いがかりなのだが

半目で家が落ちぶれて貧しくても両親が健在な私に憎しみを持っているんだろう。

おまけに余所者なのでドルトルくらいしか私の出生の詳細は知らないらしい。

と言っても「どんなに金を積まれても体を寄こされてもムルグ家の情報は機密♪」と

言いふらしている。本当に知っていたとしても、今は興味がない。

私は私の世界で生きていたいだけ。

大人ぶろうとしてドルトルの持つお菓子のカゴから目を逸らしたら

「ライラ。これを食べたら教官室に来なさい。」

あぁ、また謂れのない事で噂が立つ。視線だけ空に向けて肩が落ちた。

 

お菓子を頬張って一息つき、喉も潤して教官室に向かおうと更衣室に入る。

そしたら早速始まった。更衣室の機密情報交換会。

あまり聞き入りたい話題ではないので、空想で音楽家を雇い演奏させる。

なるべく陽気で多民族的なものを。だけどそれをも割って話し声は耳に入ってくる。

「ドルトル教官はどうして不細工を個別に呼ぶのかしら?私の方が見ていて癒されるは

ずよ?ちょっと人より成長が早いからって胸張れるのね。」「ふふふ…教官が不細工の

趣味って、ちょっとカワイイ。朝目が覚めたらさぞや驚くんでしょうね。」「半目なだ

けに目を開くとか?うふふふ…」

どいつもこいつも…溜息を大げさに吐きたくなった。ドルトルはそういうのじゃない。

私の顔色が変わったのを見抜くのが上手な更衣室の住人は畳みかけるように言葉を継

いできた。

「同じ年に出生登録したはずなのに、一丁前に体は出来上がってるなんておかしいわ

よ。なんでも、半目の家系は好き者が多いんだとか?野蛮の血って怖いわね。ディリス

おば様を庭の鉢植えの傍で見かけたけれど、どこかの不細工とはかけ離れて美しい割に

はその窓ガラスに姿が反射されないのよ?」「きゃーん!こわーい!!クスクス」「そ

こで見ず知らずの旅人と……クク」「え?何々??どうなったのー?」「だからきっと

ドルトル教官も……」「あははは!不細工でも技はあるってこと~?ねぇライラ?」

ボタン掛けが途中だったけど、聞くに堪えなくて更衣室を飛び出して教官室へ向かう。

半目が何だ。母だって家の鏡には映るし、旅人が来るのは薬品店を営んでるから当たり

前の事なのに。涙がにじんできた。いつもの事だけど、あからさまな暴力より辛い。

教官室の前に来たので、涙を拭って呼吸を正してノックする。

ドルトル教官は、少し呆れたような悲しそうな表情で扉を開き中へ招いた。

 

みんなが揶揄するのも何となくわかる。教官室は本来教官達が事務作業をしている部屋

を指すが、この人の場合「教官の私室」を指している。以前、部屋から出た時に同じ学

科の生徒と鉢合わせして、そこから不穏な噂が歩き出した。

お手製のハーブティとキャンディを茶器にセットしながらドルトルは話しだした。

「まだ気にしているのかい?」

当たり前だ。一体誰のせいでこんな目に遭っていると思う。

「でも、これはアウデリケ義兄さんから頼まれている事なんだ。我慢してほしい。」

アウデリケは父の事。血の繋がりはないが、ドルトルは兄と慕っていて古い仲らしい。

「排斥運動の被害に遭うのは君とディリスさんだからね。」

「…なぜ3人の妹達は排斥の対象にならないのですか?」

椅子に掛けてから、あまり感情を出さずに質問した。父の義弟が茶器をテーブルに置こ

うとする手が震えてカチャカチャ鳴った。ほんの少し沈黙があった。

「ディリスさんの血を一番受け継いでいるのがライラだけだからだよ。」

ハーブティがカップに注がれる。湯気でほんの少し眠くなる。

「…またボタンを襟まで掛けていないね。呼び出す度にそんな恰好で扉の前で立たれる

と、しなくていい間違いをしてしまいそうになるよ。」

何が言いたいんですか?ミントとピーチのブレンドを嗅ぎ分けながら口を付けた。

位の高い執事のように背筋を正した初級クラス武術教官は、頭を振ってため息を吐く。

「ディリスさんがもう、人間なのは気づいてるね?」

「はい。」

「彼女が人間に成ったのは君を産んだからなんだ。」

教官もカップの中身を啜る。オリジナルのブレンドに納得した表情になった。

「遺伝ですか?」

「…うん。簡単に言うとね。」

「難しい事はあまり興味がありません。ただ、妹達には遺伝しないものなのですか?」

「あの子達はまた別のギフトがあるんだよ。」

「ギフト…素敵な表現ですね。」

背もたれに重心を預けて遠目に部屋の奥の窓を眺める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………続く