あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

クラゲ達の夢

「今日は暇な時間が増えたから、デートにでも行こうか」

朝食のクロックムッシュもどきを食べ終えた彼は言う。

私はかねてからこの地の海を見たかったので、良い返事を即答した。

「神社も行きたいの。良いルートを出してみるね」

充電の減りやすいスマホを片手に今日のポイントを押さえながら

ガイドをPCから転送する。慣れない暑さで手足がむくむ…とぼやくと

「それって本当にむくみだけかよ」などヤジが飛ぶ。私はむくれながら化粧を済ませ

「帰ってきてご飯の事も考えたら、もう出ないと。運転よろしくね」

とサックリ返事をして出発を促す。まだPCにかじりついてる。無駄な時間。

 

忘れ物がないかのチェック、鍵の閉め忘れのチェック、駐車場の鍵を預かって

車を出す準備をする…慣れてきたものだ。ゴミの分別も何となくわかってきた。

このまま嫁入りの準備をしても良いのだろうなと、車に乗り込んだ彼を見ながら

ターンスイッチを押している自分を俯瞰した。

車に乗り込んで第一声

「んで?何号線?」

「ここを〇〇で、多分真ん中の車線でいいと思う」

勤めて無駄のない会話は嫌いじゃないけど、私達は色気に欠けるな。

…充電がすでに危うい。車載用充電器で頼りのガイドをいじる。というか暑い。

血液が沸騰して私は爆発するんじゃないかと思いながら、道順や車の混み具合を

話しながら進んでいく。今日の彼の運転は安定しているな。一安心。

 

だんだん空気が澄んでいく。コンクリートだらけの一角に緑色が見えた。

私達のほかにも観光客らしい集団がちらほら見えた。

大きな神社。神様がたくさんいらっしゃるらしい。

ここは少しだけ、気温が落ち着いている。

お参りをしながら境内をのんびり歩くと、小川を見つけた。

そこで手をすすぐと、懐かしい冷たさに気持ちが安心した。

大きな木…きっとご神木だと思うけど、私の故郷にもこういう木が道端に生えていた。

なぜか、排除されてしまった。そんなことを思い出しながら手を合わせる。

……彼が何を願ったのか知る由は今はもうないけど、私はお互いの健康と仕事の成功を

願った。お守りを買い神社を後にして、本来の目的地の水族館へ車を進める。

 

相変わらず、車の中では道順に関する話題が中心で「混んでいないのが幸いだったね」

くらいが私語だったような気がする。なんとか駐車して、建物の入り口付近で一服を

済ませた。入口にお土産屋さんがあるのを横目に入場すると、神社の様にまた

ひんやりした空気が流れた。ほんの少し薄暗くて、落ち着く。

大きな水槽からイルカが高みの見物を決め込んでいた。

シャチはちょっと肩身が狭そうにこちらを伺っている。

私はもっとひんやりする水槽に近づいた。プレートに『ベルーガ』と書かれている。

白くて、イルカの仲間らしい。

頭のこぶをぷるぷる揺らしながら、笑顔に見える表情でこちらに向かって泳いでくる子

がいた。…奥で空気を輪の形に吐き出す子もいた。

あまり泳ぐのが得意じゃないけど、優しい生き物だと感じられたので、彼そっちのけで

眺めて交流してた。

歩き進めて…そういえば、ここにはカメがいないな…私の所にはウミガメが

研究で泳いでいたり、オサガメの剥製くらいならあるのに…なんて思いながら

シャチの骨を眺めた。…少し休憩をして、上の階へ移動すると丁度ベルーガのショーを

やるらしく、人ごみの中でそれを待った。

…ショーは楽しかった。ただ、何とも言えない感覚があった。

あるベルーガが嫌がることが1つだけあったから。あの子が大丈夫だと良いな。

なんて、考えながら元々ある水族館の方へ二人で足を進める。

 

元気でおしゃれな子達がさっそうと追い越していく。

彼は訝しんだけど、私は別に良いのでは?楽しいのだし。となだめる。

古い建物の方が…私は好きだった。少し暑さを感じたけど、小さな生き物が

身を寄せ合ってたくさん生きていたから。ただ少し疲れてきた。

私達は、クラゲのコーナーで少しの間休憩をした。

 

家族やカップルや友達たちかな…そこにもいろんな人がいて、トイレ休憩に

離れた彼を少しだけ恨んだ。そこに「…××?」と呼ぶ女性の声を聴いた。

しばらく聞いてなかった人の名前と同じだった。

私と似たような声で、スタイルも良く小奇麗にしている女性が彼女の方だろう。

呼ばれた男性も親しみを込めて寄り添っていた。普通は喜ばしい光景なんだろうけど

私は何故か頭が混乱して、過呼吸になってしまった。

…人ごみの中の過呼吸は苦しい。コントロールできないから。

近くの水槽に寄り掛かると、仲良く漂っているつがいのクラゲが居た。

「お前たちも、一緒にいられて…うらやましいな」とか考えていたかもしれない。

もうそろそろ意識もままならなくなりそうな時、彼が、私の肩に手をそえて

名前を呼んだ。…そうだ、彼は私が苦しい時に限って声をかけ名前を呼ぶ。

「大丈夫か?」でも、その一言が私の意識を保たせる。意識が返った私は少しだけ

彼の方に頭を預けて呼吸を整える。フラッシュバックだ。

頼った腕をつかみながら震えた。彼は、私の名前を呼び、なだめながら背中を

ぽんぽんと叩いた。少し泣いた。

…少しして、落ち着いて涙をぬぐったら、私は彼の手を取り

「まだ面白いコンテンツがあるよ!」とカラ元気を出して歩きだしていた。

人ごみをもろともせず、さっきの仲が良かったカップルの視線ももろともせず。

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群れる魚に食事以外の用事はない。私はサメなんだろう?なんとか考えながら。

こんな写真を撮ったりして。

 

 

 

 

そこから先はまた別のお話。

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でも、そんなことが無かったら。

私は彼のお嫁さんになっていたかもしれないね。

 

 

 

~高橋優 aquariumを聞いて。