あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

響いた

その言葉にイメージした昔話を引っ張り出してみた。

幸福の王子」というお話。

人形劇になったり絵本になったり、割と有名な童話。

どうしてその話を思い出したかっていうと

街の人々を見守る王子の優しい心と献身的な燕の行動に、誰も気づくことはなく

ただ豊かになっていき、みすぼらしくなった王子と燕をあっさりと捨ててしまう

人間の心に悲しみを感じたから。

人ってそうなのかもしれない…って達観した風にも考えられるけど

私はその豊さを与えた主に気づこうとしない人々に、ほんの少し苛立ちを覚えた。

あまつさえ、利用できなくなった部分はゴミと一緒に。利用価値の残ってる部分は

自分の顕示欲に再利用しようとして論争を起こす次第。

最後に、それを見ていた神様が「この街の尊いものを持っておいで」と

天使に命じて持ってこさせてハッピーエンドらしい形に着地するんだけど

だけど…尊いのにああいう形でしか報われることがないなんて、やっぱり悲しい。

 

これって、かなり私視点だけど、クリエイティブなことを仕事にしてる人や

それを支える人と消費者っていう関係に近いな…と思うのね。

物質だったり気持ちだったり飢えている人は、与えられたことに初めは感謝する。

でも、与えられることに次第に慣れていって、当たり前だと感じるようになって

いつか提供されなくなったり、条件付きになったりすると途端に文句を飛ばしたり

見向きもしなくなる。最初に与えられた喜びをすっかり忘れてしまったのかな。

 

物語を知りたくなった人はこっちを読んでみてね→「幸福の王子

 

 

体調面は……。鼻水以外は安定しています。

もう一眠りして経過を見ようと思います。

しっかりご飯食べて薬飲んで、やっとインフルBを撤退させてやりますよ!^^b

んでは、良い週末を。