あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

「札束でも食ってろ このゴミムシ野郎」

幼き日の劣等感が、そうやって刺激してくる。

「卑しい家の子供が」と続いて、扉を閉められる。

私はその目をまだ覚えている。

だから歩く姿勢には気を付けていたし、箸の持ち方も魚の食べ方だって

何度も何度も練習して、我流でもこの身につけてきた。

いつだってつきまとうのは豊かな思い出より、貧しい生活。

 

今日は夢を見てね。

私は弟妹に「お前たちがしっかり生活してるならお姉ちゃんはいいのさ」と

言っていて、不安そうな妹の表情に向けて弟に

「米が食べられなかった時があったからな」と言っていた。

すると弟は「あぁ…」と返し、覚えているのか覚えていないのか微妙な返事をした。

米に代わる食べ物はあったからそういうことが重要じゃないの。

母はきっと申し訳なく思っているだろうから。

ただ、そういう時になぜ奴らに「卑しい」とレッテルを貼られるのだろう。

空腹を空腹と言って何が悪いのか?

 

胸を張って歩け。背筋が伸びることはうつくしい。

大股で歩けよ。颯爽と歩く姿は風が感じられる。

ついでに笑顔ならいい。きっとあの人も笑顔で返してくれる。

 

幸せが紙の厚さで決められるなら、ゼロの並ぶ数が多い割に

幸せだと言ってる人が少ないんじゃないかな。

あと言わせてもらうと「食べられない」より「食べたくない」は豊かさの弊害だ。

食べたくないのなら、依頼をするんじゃない。「食べさせてくれ」などと。

 

そんなに食いたきゃてめぇが大事に抱え込んでるその札束を食いちぎってればいい。

どこかの国の子供のように、食べられる希望も持てるのか分からない人たちへ。