あの日を思い出して。

諦めの悪い方です。ゆっくりやっていこう

私は私

まぁまぁ、男女の性別がはっきりしない頃「大きくなったら男になれる!」と

思って生きてきて、ある時「生物学上女性」という事実を目の当たりにし

それでも「なんとかすれば性別は変われるもの」と信じていたんだけど

「どっちなのかなー」とか「どっちもだよなぁ」とか「どうでもいい」など

考えていて、今落ち着いている考えは「私は私」ということ。

 

「私」という1人称は、生物としての性別にかかわらずカジュアルからフォーマルまで

使い続けられるとても便利な呼び方だということを知り、その時々で「ボク」など

使い分けずに非常に楽だと感じたので、ある年齢からずっと使い続けています。

ただ、多くの割合で女性も「私」と名乗るので、ベースの体が女性の私は

そこら辺を混濁される(仕方ないけど)ので内心戸惑うことがありますね。

 

こう、ここまで女性的な肉体でなければある種踏ん切りがついて男性化しようと

躍起になったのかもしれないと思いますが、20代半ばまでは自画自賛するほどは

持って生まれ育まれた自分の肉体を悪くないと思っていたので、外側を変えようとは

さして思いませんでした。なんなら、パンツルックの女性が増えたことや

マニッシュな雰囲気が一般に浸透していることは個人的に安心できるなぁと思います。

 

で、自分の心の認識って先天性か後天性か知らないけど、存在はしていて

「男」「女」「どっちでもない」「どっちでもある」「興味ない」とかかなぁと。

んで肉体で言えば「男」「女」「どっちか寄り」「両方」「なし」みたいな。

分かりやすく、私自身で当てはめるなら

精神=どっちでもある

肉体=女

みたいな感じかなぁ。そんでさ、多かれ少なかれ学生時代に性認識のモラトリアム

期間があって社会人になる頃には自覚していくんだろうとか思ってるけど

hoikugogogo5.hatenadiary.jp

 この記事の頃にやっと「自然に男にはなれないんだろうな」って気づいて

でもまだ望みを捨てきれなくて体育館の授業では男子の列に混じったり

してたけど、さすがに教師の視点からは女にしか見えないから「お前は女だよ!」

って言われて「体が女なのはわかってるよ!」「何で男になれないんだー」って

泣き出したのを思い出した。

その出来事自体にはそれくらいしか思わないよ。誰が悪いわけではないと思う。

んでそこで、女とは何か?を考えるようになって、いろいろ実践してみるんだけど

それが男友達から離されるっていうか、まぁ自分にも他人にも意識してもらうこと

にはなったと思う。すごく面倒くさかったけど^^;

たいして話の合わない女子に、好きそうな話題と言うかそういうのを用意して

声をかけるのだけですでに手間だよ。

 

まぁそんな中で彼氏ができーの奇跡の告白ラッシュが訪れーのあるわけですが

時間的に限界なので、とりあえずここで終わらせておきます。